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麒麟川島の実家漬物屋どこ?出身中学、高校や両親は?

男性コンビ
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TBSの朝の人気番組『ラヴィット』のMCとしても

お馴染みの麒麟の川島さん。

漫才コンビ「麒麟」のお笑い芸人さんでもあります。

ご実家が漬物屋さんだとか。

出身中学、高校やご両親にいたるまで、

麒麟川島さんのことについてご紹介します。

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麒麟川島wikiプロフィール

麒麟川島

名前:川島明(かわしま あきら)

生年月日:1979年(昭和54年)2月3日 45歳

出身地:京都府宇治市

身長:179cm 体重:65kg

血液型:AB型

趣味:ゲーム、競馬

特技:イラスト

出身:1997年NSC大阪校20期生

漫才コンビ「麒麟」の相方は田村裕さんです。

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麒麟川島の実家は漬物屋どこ?

麒麟の川島明さんの実家は、京都府宇治市にあります。

JR宇治駅から宇治橋を渡って商店街にある「川島漬物店」が、

おばあさんのお店です。

幼少期から慣れ親しんだ場所として

テレビ番組などで紹介されています。

平等院鳳凰堂のすぐそばという情報もあり、

宇治市内でも歴史ある地域に実家があることが推測できます。

現在は閉店してしまっているとの情報もあります。

川島明さんの祖母は川島明さんいわく、

「柴漬けづくりの名人」とのこと。

川島明さんは、学校が終わると祖母が経営している

川島漬物店に寄っていたそうです。

そこで漬物とお茶を飲んでから、家に帰る生活を送っていたようです。

京都の名物の一つがお漬物ですね。

平等院鳳凰堂に近くにお店があるということは、

観光客もたくさん来られたんでしょうね。

宇治はお茶の産地としても有名なので

子供の頃から、美味しいお茶とお漬物を

食べて大きくなられたんですね。

川島さんの楽しい中にも落ち着いた雰囲気が感じられるのは、

こういうところにも原点があるのでは?とふと思いました。

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麒麟川島の出身中学、高校は?

麒麟川島さんの出身中学は宇治市立宇治中学校です。

中学の頃からサッカーに情熱を傾けていましたが、

主力選手としては活躍していなかったそうです。

川島さんの出身高校は京都府立菟道高等学校で、

1985年に設立され、活発な部活動で知られています。

川島さん自身も高校時代にサッカー部に参加していましたが、

運動が得意ではなく、サブメンバーとして活動していたそうです。

川島明さんは高校生活で目立つ存在ではなく、

人付き合いも苦手で友達が少なかったと言われています。

実は、川島明さんは最初は高校への進学を望んでおらず、

お笑い芸人を目指していましたが、

両親の説得により高校に進学しました。

川島明さんは美術に興味があり、

高校時代には美術の成績が低かったにも関わらず、

絵を描くことを楽しんでいたそうです。

川島さんは「学生時代は数字でしか評価されない」と感じ、

絵に対する苦手意識を持つようになったそうですが、

高校時代に4コマ漫画を雑誌に投稿し、

賞を受賞したことで自信を得たそうです。

高校卒業後、川島さんは大学へは進学せず、

お笑いの道を選びました。

川島さんはこの頃から、スポーツや絵、漫画、

お笑いなど、興味が多かったんですね。

苦手意識を持ちながら、漫画を雑誌に投稿して賞を受賞するあたり、

諦めない気持ちとコツコツ継続してチャレンジしていく精神が

今の活躍に繋がっているのかもしれませんね。

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麒麟川島の両親は?

麒麟川島の父親は?

麒麟川島さんのお父さんの名前は川島喜一さんと言います。

年齢差は32歳です。

お仕事は塗装関係です。

川島さんは中学生になると

お父さんの仕事を手伝うようになります。

小学6年生の夏休みの自由研究では、

ベンツを塗ったという職人なみの

研究結果を出していたそうです。

塗装と聞くと細かい作業が多いイメージですが、

川島明さんは手先が器用だったのかもしれませんね。

そんな父親はしつけは厳しくて

テレビや夜更かしは禁止だったそうです。

職人さんという職業上、厳格なお父さんだったようですね。

父親の還暦祝いには、27万円の高級ギターを

プレゼントされたそうです。

お父さんもとても嬉しかったでしょうね。

川島さんが、ご両親のことを

とても大切にされていることが伝わりますね。

麒麟川島の母親は亡くなった?

麒麟川島さんの母親は川島悦子さんと言います。

京都出身の優しい女性とのことです。

お母さんは子供の頃からご実家の工場を手伝っており、

楽しみにしていたのがお笑いだったそうです。

お笑いのテレビ番組を楽しみに観てらっしゃったんですかね。

川島さんがお笑い芸人の道に進まれて、

その活躍を応援されてたそうです。

デビュー当時の川島さんに送られた

お母さんのお手紙の内容はとても心に響きます。

「一言一言に気持ちをこめて言葉を大切にしてください。

傷つけるのも勇気や元気を与えるのも言葉やから。

それを仕事にしたのだから良い方に使ってください。

やさしい時間が流れほっとするような仕事をしてください。

よろしくお願いします」と書かれていたそうです。

川島さんが『ラヴィット』のMCを始められた

2021年3月頃から、お母さんも体調が悪くなって

入院生活を送ることになったそうです。

入院中も川島さんの『ラヴィット』を楽しみに

見てらっしゃったそうです。

肝臓の持病が悪化して、

2021年11月23日に74歳で亡くなられています。

その日、川島さんは「ラヴィット』の生放送を務めていました。

本番のCM中にお兄さんからの「あとで電話ちょうだい」

のメッセージを見て、お母さんが亡くなったと察し、

本番終了まで普通通りに進めたそうです。

後に川島さんは「応援しかしてもらってない。

変な言葉を使った時にすごく厳しかった。

本当に愛情でしかない」とおっしゃっています。

お母さんは「道しるべ」のような存在と

お父さんがおっしゃってたそうです。

お母さんのお手紙の内容や、川島さんのコメントから、

お母さんのお人柄が伝わりますね。

大きな愛情で川島さんを応援してらっしゃったんですね。

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麒麟川島の元カノは眞鍋かをり、破局理由は?

川島明さんは、過去にタレントの眞鍋かをりさんと

お付き合いされていたことがありました。

当時の眞鍋かをりさんは、肉食系女子で、自分の好きなタイプには

グイグイいくのが好きだったらしく、

麒麟の川島明さんにも積極的にアプローチされたのだとか。

2006年12月に放送されたテレビのバラエティ番組で、

企画内のことではありますが、眞鍋かをりさんが

『ものすごく好き!』と告白されたようでした。

眞鍋かをりさんは元祖『ブログの女王』と呼ばれたり、

タレントさんとしての立ち回りもうまく、

横浜国立大学の出身でもあり、

頭が大変に良い方という印象があります。

そんな眞鍋かをりさんだからこそ、

有能な川島明さんに惹かれたのかもしれませんね。

当時、写真週刊誌などにお互いの自宅マンションで

愛を深めている様子などを報じられたこともあったようです。

ところが麒麟の川島明さんと眞鍋かをりさんは、

熱愛報道があってから、約3年後には破局してしまったとのことです。

破局の原因としては、眞鍋かをりさんの頭が良すぎて、

トークもうまく、自分よりも面白いことをいう

彼女のことを素直に喜べなかったとか。

また、当時眞鍋かをりさんは所属事務所と

損害賠償問題(3億円?)で大変なことになっていたそうなのですが、

このとき、川島明さんがあまり頼りにならなかった

(と言われている)ことが、破局の原因と噂されています。

川島明さんのことですから、頼りにならなかったと

考えるのはいささか乱暴ではありますが、

当時はお互い若くて3億円の損害賠償となると、

とても荷が大きすぎる感じがします。

眞鍋かをりさんの自分に対する正直さや

ぐいぐい行動されるところが川島さんには

負担になってきたのかもしれませんね。

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